最初の猫又
2005年 08月 05日
わが国における猫の記録は「日本霊異記(にほんりょういき)」に記されています。
豊前の国(現在の福岡県)の膳(かしわで)の臣広国(おみひろくに)の亡父が猫になって、彼の家に飼われたという説話が日本で初めての化け猫・猫又伝説であります。
猫股(猫又)の定義としましては、様々ありますが、
「本朝食鑑(ほんちょうしょくかん)」(1695年)には、
「凡そ(およそ)雄の老猫、妖をなす。その変化、狐狸(キツネとタヌキ)に減らず、(おとらず)
よく人を食う、俗に猫麻多(ねこまた)と称す。」とあります。
毛の色は、純黄毛、純黒毛がもっとも化けやすいとしています。
また、「和漢三才図会(わかんさんさいずえ)」(1713年)には、
「凡そ(およそ)十有余年(十歳以上)の老牡猫、妖けて(ばけて)災(わざわい)をなすものあり、
相伝う、純黄色赤毛、多く妖をなす。」とあります。
「重訂本草綱目啓蒙(じゅうていほんそうこうもくけいもう)」には猫股の語源について書かれています。
「俗に老猫、尾岐(おき)をなし、(尾が枝分かれする)人を魅するをマタネコと言ふ。」
これによりますと、股猫が後に猫股に変化したことになります。
※要約致しますと、猫股とは、「年老いた黄色か黒猫の雄猫で、尾先が二股に割れた化け猫のとこを指します。
堅苦しい文章になりましたが、日本における猫の歴史は深くて広いのです。
それだけ、日本人には馴染み深い動物だと言えるのではないでしょうか?
次の化け猫・猫又伝説では、猫股の形態について詳しく述べたいと思います。
栗太郎の尻尾は二股に分かれていません。(念のため)
豊前の国(現在の福岡県)の膳(かしわで)の臣広国(おみひろくに)の亡父が猫になって、彼の家に飼われたという説話が日本で初めての化け猫・猫又伝説であります。
猫股(猫又)の定義としましては、様々ありますが、
「本朝食鑑(ほんちょうしょくかん)」(1695年)には、
「凡そ(およそ)雄の老猫、妖をなす。その変化、狐狸(キツネとタヌキ)に減らず、(おとらず)
よく人を食う、俗に猫麻多(ねこまた)と称す。」とあります。
毛の色は、純黄毛、純黒毛がもっとも化けやすいとしています。
また、「和漢三才図会(わかんさんさいずえ)」(1713年)には、
「凡そ(およそ)十有余年(十歳以上)の老牡猫、妖けて(ばけて)災(わざわい)をなすものあり、
相伝う、純黄色赤毛、多く妖をなす。」とあります。
「重訂本草綱目啓蒙(じゅうていほんそうこうもくけいもう)」には猫股の語源について書かれています。
「俗に老猫、尾岐(おき)をなし、(尾が枝分かれする)人を魅するをマタネコと言ふ。」
これによりますと、股猫が後に猫股に変化したことになります。
※要約致しますと、猫股とは、「年老いた黄色か黒猫の雄猫で、尾先が二股に割れた化け猫のとこを指します。
堅苦しい文章になりましたが、日本における猫の歴史は深くて広いのです。
それだけ、日本人には馴染み深い動物だと言えるのではないでしょうか?
次の化け猫・猫又伝説では、猫股の形態について詳しく述べたいと思います。
by shintankun11 | 2005-08-05 12:49 | 化け猫・猫又伝説~