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カテゴリ:化け猫・猫又伝説~( 7 )

志津倉山のカシャ猫(化け猫)伝説 (福島県)

会津地方は化け猫に関する伝説が多いといわれる。志津倉山のカシャ猫伝説も、その代表的なものの一つである。

 『その昔、子供のないお爺さんとお婆さんが一匹の猫を飼って可愛がっていました。ある年のお盆にお爺さんが泊まり掛けで芝居を見に行き、お婆さんはその晩、なかなか眠れず、「おらも芝居がみてぃなァー」といって猫の頭を撫でると、猫は隣のへやに行き、「芝居がそんなに見たければ、おらがこれから、その芝居をお見せ申すべ」というと、障子戸に芝居の影が色どりも美しく映し出し、様々な芝居を明け方近くまで見せてくれたのでした。そして「今夜のことは絶対に喋っちゃいけないぜ」というのです。しかし、次の晩お爺さんが芝居の面白かったことを寝物語に語って聞かせると、お婆さんもつい話に乗ったはずみで昨夜の猫の芝居のことを話してしまいました。これを聞いたお爺さんは、「この先どんな化猫にならないとも限らない。末恐ろしいことじゃ」そういうと、翌日さっそく猫をつかまえると箱のなかに入れて、前の川に流してしまいました。すると、不思議なことに、その箱は川下には流れていかず、逆に川上へ流されていきました。そして川上の切り立った岩山に登り、そのまま猫は大辺山(現在の志津倉山)に棲みついてしまいました。
 こうしたことがあってから、この岩山には猫鳴岩と呼ばれるようになり、猫は千年の齢を重ねた怪猫(カシャ猫)となって、人もとって食うと伝えられています。』
(『みちのく120山』福島キヤノン山の会、歴史春秋出版、1991)

 伝説には次のようなバリエーションもある。

 『昔、志津倉山にばけ猫が住み、大雨、日照り、病をはやらせ、人の亡きがらを食いその命をわがものにして人々を困らせていた。
 これを聞いた弘法大師は志津倉のコシアブラの木で退治し“猫の魔力で天の災いから人を救い病を治す志津倉山の主になれ”とさとされた。それ以来ばけ猫は志津倉山の主になった』(『岳人』555号「志津倉山」、東京新聞出版局、1993)

なぜか福島県には人を襲う化け猫の伝説が多いのです。
この他にも「石宮の猫魔観音」(祭られて観音様になった)とか、猫魔ヶ岳(名前からして怖そう)とか。 一度旅してみたい場所です。
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by shintankun11 | 2005-09-02 09:48 | 化け猫・猫又伝説~

人に悪夢を見せる

化け猫は妖獣で、眠っている人に悪夢を見せると言われます。
紀州根来山麓の西坂本(現在の和歌山県那賀郡岩出町)の誠証寺は、この地方の名刹で元禄から享保のころまでの住持は本成院日解(ほんじょういんにちげ)という人であった。 この寺はねずみの被害がひどく困っていたが、猫を飼ってネズミを殺すのは、寺院なので殺生はしたくないと悩んでいました。 そこに住持の弟が中島(西坂本の西南4km)で美しい三毛猫の雄を見つけてお寺まで持ってきました。 その日以来、兄弟は夜になると悪夢に襲われることに・・・。
薄気味悪いので、夜は猫を別室につないで寝室には入れないように兄の住持に進言しました。
(自分で猫持ってきておいてなんだ?)  三毛猫を拾ってきた弟の言葉と言うのが、三毛猫の雄に対する当時の俗言とよく表していると思うので、原文を紹介します。
「世俗の辞(ことば)を聞くに、雄猫に三毛は稀なるものなり。 三毛は必ず皆雌なり。 もし三毛の雄猫あれば、必ず奇怪をなすと云へり。 今この猫を見るに、赤(茶色のこと)、白、黒、三毛にして雄なり。 唐の書にも金花猫(きんかねこ、金華猫とも書く)と云う猫は必ず妖をなすといへり。 この猫などもしその金花猫の類ならんか、油断し玉ふな。」(意訳=噂によると、三毛猫の雄は珍しいものだ。 三毛は必ず雌猫だ。 もし三毛の雄猫であれば必ず怪奇現象をおこすぞ。 この猫はまさに三毛猫の雄だ。 中国(当時は唐)の書にも金花山の猫は必ず妖怪変化を起こすという。 この猫も金花猫の種類ではないか? 油断は禁物ですよ。)

地方によって、若干、化け猫の定義が違いますが、当時は三毛猫の雄も化けると信じられていたようです。(本当にいい迷惑だよね)
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by shintankun11 | 2005-08-20 17:35 | 化け猫・猫又伝説~

化け猫・猫又の特殊な例 「キツネと交わる」

古今東西の猫話を収集していますが、今回はとても特殊な化け猫・猫又のケースをご紹介します。  根岸守信の随筆「耳嚢(みみぶくろ)」文化六年(西暦1809年)には、猫は十余年たつと物を言えるようになるが、狐(キツネ)と交わって(交配)生まれた猫は年若くても物を言うことができると記されています。
現在であれば、猫とキツネが交配できないことは周知の通りですが、当時は俗説として信じられていたのでしょうね。 以前「失せ猫を呼び戻すご利益のあるお社」でご紹介した、大阪市西区にある「猫稲荷」は、おそらくこの話がルーツになっているものではないかと推測しています。
(現在調査中)
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by shintankun11 | 2005-08-18 10:53 | 化け猫・猫又伝説~

物を言う猫

「猫ひろ」メンバーのにゃんズには芸達者が多いですよね。
ダンスをしたり、リードを着けてお散歩したり、海で豪快に泳いでみたり。(笑)
しかし!お喋りをするにゃんズはいないでしょうね?(いたりして)

化け猫・猫又の定義の一つとして、「物を言う」があります。

猫が物を言ったという話もすごぶる多いのですが、
以前に紹介しました「今昔妖談集」に歌を歌った猫がいたと書いてあります。(ホンマかいな)

「新著聞集」には天和三年(西暦1683年)の夏に淀(現在の京都市伏見区)の城下の清養院で7~8年飼っていた猫が、踊りを誘いにきた近所の大猫と話をしたという記事が載っています。

また元禄中(1688~1706年)の話として江戸増上寺の脇寺の徳水院で久しく飼っていた赤猫(おそらく茶トラ)が梁(はり)の上でネズミを追い回しているうちに誤って転落。
大声で「南無三宝」と言ったとか。(マジすか!)
人々が聞きつけて「さては猫又ぞや、粗相なる化けやうや。((意訳)ヘタクソな化け方しやがって!)」と言ったところ、それきり猫の姿がみえなくなってしまったという。

う~ん、化け猫って結局正体がバレてしまうものなんですね。
ウチの栗太郎が喋ってくれたら嬉しいんだけどな~。(笑)

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              残念ながら喋ることは出来ません。
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by shintankun11 | 2005-08-15 21:20 | 化け猫・猫又伝説~

踊る猫

先日、GONさんのHPを訪れた時に、GONさんちのみーくん(茶トラ)が踊りを覚えたとの情報を頂きました。
ちょうど化け猫文献を調べていた時に、「踊る猫」という文字を発見したので、タイムリーな話題だな~!と小踊りしてしまいました。(笑)←踊る猫ならぬ、踊る猫おやぢ(笑)

猫と生活を共に暮らしている人であれば、きっと同じような光景を見たことがあるはずです。
それは~・・・。

猫には元々、後ろ足だけで立ち上がり、両手でたわむれる習性がありますよね?
昔々は、誤解と誇張されて「化け猫」とされていたようです。

「甲子夜話」文政4年(西暦1821年)起稿
下総佐倉(現在の千葉県佐倉市)の医師、高木伯仙の父が語ったとされる。

ある夜枕元で音がするので見てみると、当家で長く飼っている猫が「首に手巾(てぬぐい)をかぶりて立ち 手をあげて招くが如く、そのさま小児の跳舞ふが如く。」であったと。

要するに、首にてぬぐいを被り、後ろ足で立ち上がり、前足で「阿波踊り」みたいなしぐさをしたってことです。(笑)

枕刀を取って斬ろうとすると、驚いて逃げ去り行方不明となったそうです。
(飼い猫なんだから、何も斬ろうと思わなくてもいいのにね。)

曰く、「然らば、世に猫の踊りと謂ふこと妄言にあらず。」と結んでいます。
(猫が踊るくらいで化け猫の存在を信じるなって)(笑)

昔の人は猫が人のように舞い踊ることが不気味で仕方なかったのでしょうか?
現在ならコスプレ猫として人気者になること間違いなしでしょうけどね。(笑)
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by shintankun11 | 2005-08-12 15:21 | 化け猫・猫又伝説~

猫股の形態

猫又(猫股)の形態の定義

猫又は非常に大きいということと、尾先が二股に分かれているということが不可欠の条件である。(時代とともに成長し、顕著になる)

ちょっとビックリものですよ。(笑)

・「明月記」(天福元年8月)西暦1233年

大きさは犬ぐらいと報告されている。

※当時、日本在来の犬種として一般的な大きさは「柴犬」程度だと思われます。
(まあまあ、これくらいの猫ならいても珍しくないですよね)

・「新著聞集」西暦1685年

紀州熊野で罠にかかった大猫は「猪(イノシシ)」くらい。
(オイオイ~、いくらなんでも~)

・大和怪異記(宝永5年)西暦1708年

筑後の国(現在の福岡県)で頭から尾まで五尺(1.5m余り)
(冗談でしょ?)

・「和訓栞(わくんのしおり)」西暦1776年

頭から尾まで九尺(2.7m余り)
(マジっすか!)

・「寓意草」西暦1776年

かしらより尾のもとまで九尺五寸(2.88m)
(いい加減にせい!)

☆「今昔妖談集」では、徳川吉宗将軍治世の頃(西暦1716~44年)
「大きさ一丈ほど(3メートル余り)なる猫」を鉄砲で仕留めたとあります。
(・・・ツッコミ入れられん・・・。)

※資料を探れば、もっと突拍子もない話があるようですが、一応記録として現存しているものに準拠していますので、このへんで勘弁して欲しいっす。(汗)
あまりにも伝説で語られる「猫又」が多くて、しかもバリエーション豊かなので、猫おやぢもビックリしています。

当時の人たちが、猫又の存在を信じていたかどうか判りかねますが、不思議な現象の概念として「化け猫・猫又」を認識していたのではないでしょうか?
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by shintankun11 | 2005-08-10 16:15 | 化け猫・猫又伝説~

最初の猫又

わが国における猫の記録は「日本霊異記(にほんりょういき)」に記されています。
豊前の国(現在の福岡県)の膳(かしわで)の臣広国(おみひろくに)の亡父が猫になって、彼の家に飼われたという説話が日本で初めての化け猫・猫又伝説であります。

猫股(猫又)の定義としましては、様々ありますが、
「本朝食鑑(ほんちょうしょくかん)」(1695年)には、

「凡そ(およそ)雄の老猫、妖をなす。その変化、狐狸(キツネとタヌキ)に減らず、(おとらず)
よく人を食う、俗に猫麻多(ねこまた)と称す。」とあります。

毛の色は、純黄毛、純黒毛がもっとも化けやすいとしています。


また、「和漢三才図会(わかんさんさいずえ)」(1713年)には、

「凡そ(およそ)十有余年(十歳以上)の老牡猫、妖けて(ばけて)災(わざわい)をなすものあり、
相伝う、純黄色赤毛、多く妖をなす。」とあります。


「重訂本草綱目啓蒙(じゅうていほんそうこうもくけいもう)」には猫股の語源について書かれています。
「俗に老猫、尾岐(おき)をなし、(尾が枝分かれする)人を魅するをマタネコと言ふ。」

これによりますと、股猫が後に猫股に変化したことになります。

※要約致しますと、猫股とは、「年老いた黄色か黒猫の雄猫で、尾先が二股に割れた化け猫のとこを指します。

堅苦しい文章になりましたが、日本における猫の歴史は深くて広いのです。
それだけ、日本人には馴染み深い動物だと言えるのではないでしょうか?

次の化け猫・猫又伝説では、猫股の形態について詳しく述べたいと思います。

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 栗太郎の尻尾は二股に分かれていません。(念のため)
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by shintankun11 | 2005-08-05 12:49 | 化け猫・猫又伝説~